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駿河湾の桜えびー地域の誇りと挑戦―
公開日:2025.03.13
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駿河湾は、日本で唯一桜えび漁が認められている場所です。
なかでも静岡市清水区由比は、桜えび漁の中心地として知られています。その歴史は1894年、鯵漁の網に偶然桜えびがかかったことをきっかけに始まりました。
以降、その透き通るような美しい紅色と独特の甘みが多くの人を魅了してきました。
しかし、その資源は限られており、春と秋の年二回の漁期のみ、許可を受けた漁業者によって漁獲されています。持続可能な漁業を守るため、地元の漁業者たちは「プール制」という管理制度や資源状況を確認する試験操業等に取り組み、漁獲量を調整しながら桜えびを守り続けています。また、桜えびの魅力を最大限に活かすために、加工技術の発展や情報発信にも力を入れています。
由比で桜えびに携わる漁業者や加工業者、飲食店の方々に話を聞いてみると、この貴重な資源を守りながら、新しいことに挑戦している姿が見えてきました。
最初に訪れたのは、由比港漁業協同組合。静岡県桜えび漁業組合の組合長である實石正則さんにお話を伺いました。
「今でこそ、由比といえば桜えびといわれるほど人気の観光資源になっていますが、かつて桜えびは、漁業者や加工業者にとって当たり前にあるものだと思われていました。しかし、不漁を経験したことで、地元の人たちは『桜えびは守るべき大切な資源である』という意識にだんだん変わっていきました。」
「夏に寿司屋で桜えびを食べたとき、その新鮮さに驚きました。」
本来、夏には桜えびの漁は行われていません。しかし、それでも まるで獲れたてのように新鮮だったことから、實石さんは 最新の冷凍技術と衛生管理の進化について話してくれました。
「近年は冷凍技術が飛躍的に向上し、適切な温度管理と菌の繁殖を防ぐ徹底した衛生管理 によって、鮮度をほぼそのまま維持できるようになっています。だからこそ、季節を問わずおいしい桜えびを楽しめるようになったんです。」
また、地元での食べ方について尋ねると、實石さんはこう続けます。
「昔は、かき揚げや釜揚げ、生食、沖あがりなど、限られた食べ方が主流でした。でも、不漁のニュースが全国に広まったことで桜えびの存在が注目され、各地でさまざまなレシピが考案されるようになりました。今では、より多彩な楽しみ方が生まれています。」
こうして、最新技術と食文化の広がりが相まって、桜えびの可能性は年々広がり続けています。そして、そんな桜えびの魅力をさらに引き出すために、日々研究を重ねる地域の人々がいます。
次に向かったのは、桜えびの加工・卸を手がける原藤商店。
「桜えびってそう安くないし、限られたもののはずが、素材だけの販売は価格競争になってしまいがちなんです。ストーリーだとか想いだとか取組だとか、そういったものが丁寧に伝えられるのがお土産のいいところだと思います。」そう話すのは、原藤の15代目原藤晃さん。
大学時代に海洋について研究していた経験や、企業に勤めて商品開発を行った経験を活かし、由比で桜えびの仲買と加工を行っています。
特にストーリー性のある商品として、原さんは「桜えびご飯の素」を紹介してくれました。たっぷりの素干し桜えびと、オリジナルの調味液がセットで、ご飯と一緒に炊飯器で炊くだけで、風味満点の桜えびご飯を楽しむことができる逸品です。
原さんがまだ子供だった頃、ご両親が由比桜えび祭りで、素干し桜えびを入れた炊き込みご飯をおにぎりにして配っていたことが始まりでした。
その炊き込みご飯は地元で大好評となり、レシピを教えてほしいという声が多く寄せられたため、素干し桜えびを購入したお客さんにレシピを一緒に渡すようになったそうです。
後に、別の企業で働いていた原さんが実家のお店に戻った際、その光景を目にし、「商品化できるのでは」と提案したことがきっかけで、現在の商品が誕生しました。
今もより多くの人に手に取ってもらえるよう、内容量やパッケージの工夫を重ねながら試行錯誤しています。
そんな原さんが、桜えびを使った商品を開発する際に心がけていることを話してくれました。
「桜えびの商品開発では、まず 桜えびならではの強みを考えます。普通のエビと比較しながら、どこに特徴があるのかを見極めるんです。
例えば、生は甘さ、釜揚げは香り、素干しは香ばしさ。それぞれの持ち味を活かした加工品を作ることを大切にしています。」
また、桜えびの魅力を細かく理解できるのは、地元の仲買人という立場ならでは。
その強みを活かしながら、原さんは 自らの立ち位置を大切にし、商品開発に取り組んでいます。
そして、これまで商品開発を専門にしてきた原さんは、さらにその幅を広げています。
「今、一番のおすすめ」として紹介してくれたのが「原藤グラタン」。
前職での経験を活かし、桜えびならではの風味を活かしたグラタンを考案しました。
普通のエビではなく 桜えびを使うなら、その強みは香ばしさ。
そこで、生の桜えびをバターでソテーし、グラタンにトッピングすることで香ばしさを最大限に引き出しました。
さらに、吹奏楽経験を活かし、商品とともにテーマソングまで制作するユニークな試みにも挑戦しています。
長年桜えびを扱ってきた伝統と、自身の経験を融合させた新たな挑戦 により、桜えびの可能性はますます広がっています。
最後に訪れたのは、桜えびを使った料理を提供する 「鮨処やましち」。
「これまで、お寿司や出前、その時代に合わせてさまざまなことをやってきました。
でも、自分にできることは何かと考えたときに、やっぱり 桜えびはここにしかない。他にはないものだからこそ、大切にしたいと思ったんです。
静岡県には素晴らしい料理人がたくさんいますが、私はここで 桜えびのPR隊として、胸を張ってやっています。」
そう語るのは、ここ「やましち」 を営む山崎伴子さん。
桜えびの地元での食べ方について、山崎さんに聞いてみました。
「かつて地元で主流だった食べ方は沖あがりです。コンビニやスーパーは近くに無く、お肉が簡単に手に入らない時代だったので、すき焼き風に桜えびを入れて食べたりしていました。」
元々は大きな鍋に入っていたのですが、コロナ禍で取り分けなくてもいい1人前のお鍋に変わったと言います。
桜えびを使った料理はどれも人気ですが、特に評判なのが かき揚げと海鮮丼 です。
かつては桜えびではなく、エビフライを大量に揚げていた山崎さん。
そんな中、新たな挑戦として 桜えびのかき揚げをメニューに加えました。
販売を始めた当初、地元の人たちからは 「かき揚げは家で作るものだ」 と言われたそうですが、数多くメディアに取り上げられ、評判が集まったことで 「桜えびはここにしかない特別なものなのだ」 と気づいたと言います。
また、透き通る桜色が美しいプリップリの生桜えびをたっぷり使った海鮮丼は、このまちならではの贅沢な一杯。
桜えびを守るために、地元が一丸となって情熱を注ぐまち、静岡市の由比。
一人一人の熱意が、こうして貴重な桜えびを今も守り、進化させ、多くの人へその魅力が届けられています。
ぜひ、静岡に訪れて、駿河湾の桜えびを味わってみてください。ここでしか食べられない美味しさがあり、また、地域の人たちがどれだけ桜えびを大事にしているか感じられるかもしれません。
#静岡市