静岡の食文化を知る

伊豆

春を包む松崎町の桜葉。全国の桜餅を支える、小さな町の大きな誇り

公開日:2026.03.12

林産物

菓子・スイーツ

歴史

特集

春になると、ふと恋しくなる桜餅。あのやわらかなお餅を包む「桜葉(さくらば)」の約7割が、西伊豆の松崎町でつくられていることをご存知でしょうか?町を歩けば、桜葉を使ったお菓子や料理があちこちに。今回は、知られざる桜葉の魅力と、ここでしか味わえない特別な味を求めて、松崎町を訪ねました。

 

伊豆半島の西側に位置する、賀茂郡松崎町。穏やかな入り江に夕日が沈むこの町には、もうひとつ、知られざる顔があります。それは、和菓子に欠かせない「桜葉」の日本一の産地であること。全国に流通する「桜葉」の大部分が、この町でつくられているのです。

そもそも「桜葉」とは、桜の葉を塩漬けにしたもの。日本には600種類以上の桜があるといわれていますが、実際に使われるのは「オオシマザクラ」。葉に細かい毛がなく、口当たりがよいことから、使われるようになりました。

 

「桜葉」の歴史は古く、江戸時代にさかのぼります。1717年、東京・向島の長命寺の御用を務めていた山本新六が桜の葉を塩漬けにして餅を包んだのが始まり。その後、明治末期に南伊豆で山の桜葉を活用する動きが生まれ、やがて松崎町へと広がっていきました。

 

葉漬製造の老舗「丸後食品」3代目、後藤静夫さんは、この町の歴史をよく知るひとりです。

 

「オオシマザクラの種を伊豆大島から取り寄せ、苗から育てるようになったのが昭和30年代頃のこと。育て方の工夫や知恵をみんなで教え合い、力を合わせることで、この産地を築き上げてきたんです」

 

かつての松崎町は、山で炭を焼く仕事が主な産業でした。転機が訪れたのは、昭和24年頃のこと。戦後、砂糖の制限がなくなると、全国で和菓子作りが再び盛んになり、「桜葉」の需要が一気に高まったのです。町の人々は、いち早く「桜葉」に注目。故郷での新たな生業として、桜の栽培に未来を託しました。

 

桜葉を収穫する畑で、剪定を終えた木々の間を歩きながら、さらに、こう言葉を続けます。

 

「ここの桜は食用ですから、花を咲かせることはありません。一枚ずつ手で摘み取りやすいよう、毎年冬に枝を短く刈り揃えてしまうからです。こうして背を低く保つことで、高い梯子を使わなくても、効率よく作業ができるんですよ」

 

美しい花を愛でる観賞用とはまったく異なる、もうひとつのの姿がそこにありました。

 

収穫の時期は、4月から9月にかけて。生産者は、虫食いや傷みがないか一枚一枚に目を配りながら、良質な若葉だけを丁寧に摘み取っていきます。

 

後藤さんが営む「丸後食品」は創業80年を超える会社で、主に卸・業務用の桜葉漬の製造を行っています。今回は特別に、工場内を案内していただきました。

 

工場内には、プラスチック製の樽や容器がずらりと並びます。かつては巨大な木樽が主流でしたが、現在は品質管理のしやすさから、こうした容器が主流になっているのだそうです。

 

写真:(一社)美しい伊豆創造センター

※写真:(一社)美しい伊豆創造センター

 

生産者のもとで50枚一束にまとめられた葉は、翌日までに工場へ納品されます。この一束にまとめ、自然素材で耐久性のあるカヤの紐でくるりと結ぶ工程を、松崎では伝統的に「まるけ」と呼びます。

 

工場に届いた「まるけ」は、同心円状に並べられ、その上から均等に塩をまいていきます。この工程を繰り返し、56ヶ月かけてゆっくりと漬け込まれることで、桜葉漬けが完成します。

 

漬け上がった桜葉は、専用の機械で丁寧に真空パックされ、全国の大手菓子メーカーや食品メーカーへと旅立っていきます。

 

 熟成された「桜葉」は、美しいべっこう色に。上品な香りと、傷ひとつない均一な形が自慢の逸品です。

 

ちなみに、「桜葉」の独特な香りの正体は「クマリン」という有機化合物。意外なことに、枝で揺れている生の葉の状態では、この香りはほとんどしません。塩漬けの工程を経て細胞膜が壊れ、じっくりと熟成されることで初めて生まれる芳香なのです。

 

 松崎町を訪れたなら、桜葉を使ったスイーツは外せません。今回訪れたのは、昭和6年創業の老舗和洋菓子店「梅月園」です。

 

 名物は、なんといっても「さくら葉餅」。一般的に「桜餅」と呼ばれますが、「梅月園」をはじめ松崎町内の各店では、あえて「さくら葉餅」と「葉」の文字を入れて表記しています。

 

そこには、自分たちが手塩にかけて育ててきた「葉」こそが主役であるという、産地ならではの誇りが込められています。

 

 「さくら葉餅」づくりを見せてくれたのは、職人の瀬戸正志さん。昔ながらの機械で、餅の皮となる上新粉の生地を薄く伸ばし、均一なサイズにカットしていきます。

 

次は、職人技の見せどころ。やわらかな生地でこしあんを包み、ひとつひとつ手作業で細長い形に整えていきます。

 

仕上げに、松崎産の塩漬け桜葉を2枚重ねて包めば完成。もっちりとした皮と上品な香りが一体となった、1931年の創業以来愛され続ける看板商品です。

 

「梅月園」では、他にも桜葉を活かしたスイーツが10種類以上も勢ぞろい。しっとりした「パウンドケーキ」や、バターと桜が香る「フィナンシェ」、サクサクの「クッキー」など、和洋の枠を超えたラインナップが並びます。

 

なかでも目を引くのが、松崎町のキャラクターをあしらった桜葉入りの「まっちークッキー」。愛らしい見た目はもちろん、個包装なのでプレゼントやお土産としても重宝します。

 

 桜葉の楽しみ方は、スイーツだけではありません。道の駅「花の三聖苑 伊豆松崎」で高い人気を誇るのが「桜葉そば」です。

 

乾麺タイプは軽くて持ち帰りやすく、日持ちがするのも嬉しいポイント。このお蕎麦は、道の駅内にあるお食事処「天城山房(あまぎさんぼう)」で実際に味わうこともできます。

 

さらに、地元の恵みが集まる「桜田より道売店」で見逃せないのが、自家製の「桜葉こんにゃく」。桜葉の香りを閉じ込めた、産地ならではのユニークな品です。

 

桜葉を練り込んだこんにゃくは、ほのかな桜の香りとこんにゃくのぷるぷる食感が絶妙なアクセントになっています。

 

さらにお店では、「まるけ(50枚束)」の状態でお土産として購入可能。市販の和菓子をくるりと巻き直したり、自宅でお茶漬けにちぎって入れたり、お酒の肴に添えたり。アイデア次第で、楽しみ方は無限に広がります。

 

桜葉の楽しみは、甘味や麺類だけにとどまりません。昭和初期から続く「アサイミート」では、桜葉を使った「桜葉豚みそ漬」が不動の人気を誇ります。

 

1枚単位で購入でき、真空パックされているので、必要な分だけ手軽に持ち帰れるのが嬉しいところ。自分へのご褒美にも、大切な人へのお土産にもぴったりです。

 

 「桜葉豚みそ漬」は、そのままフライパンで焼くだけで、立派なメインのおかずになります。口に運べば、特製味噌と桜葉の風味がじわりと広がり、ジューシーなお肉とベストマッチ。力強いのに後味は軽やか!箸が止まらなくなるおいしさです。

 

さらに、活躍の舞台は、松崎町以外にも広がっています。静岡市の「竹沢製茶」の和紅茶にも、松崎の桜葉が使われています。見つけたら、迷わず手に取ってみて。桜の香りをふわりとまとう一杯で、贅沢なティータイムを過ごしてみてはいかがでしょうか。

 

お菓子から一般食品まで、驚きの桜葉グルメに出会える松崎町。名物の「さくら葉餅」は春に限らずいつ訪れても味わうことができます。ぜひ松崎町に足を運び、その豊かな香りを体験してみてください。

 

#松崎町