静岡の食文化を知る
東部
日本伝統の食文化を受け継ぐ人々。清水町は麹のまち。
公開日:2025.11.05
郷土料理
和食
/001.jpg)
皆さんは「麹(こうじ)」というものをご存知でしょうか? 麹は、米・麦・大豆などに麹菌という菌の一種を繁殖させた日本伝統の食材で、醤油や味噌、日本酒、焼酎など、さまざまな発酵食品を作る際の原料になります。最近では塩と麹を混ぜ合わせて醗酵させた塩麹が調味料として人気になり、家庭でも広く使われるようになりました。かつては全国各地に麹を製造販売している麹屋が多くありましたが、現在は数少なくなっています。しかし、実は静岡県東部にある清水町には、3軒もの麹屋が密集しており、伝統的な製法で麹を作り続けているのです。今回はその1つ、「中村屋麹店」を訪ね、麹の魅力を探ってきました。
/002.jpg)
清水町は自然豊かなまちです。富士山の伏流水を源流とする清流、柿田川が流れ、その周辺には昔から豊かな穀倉地帯が広がっていました。そんな恵まれた環境が、清水町での麹作りを育んだのです。
柿田川からもほど近い場所にある「中村屋麹店」は、明治29年の創業。大正時代に建てられたという歴史ある店舗で昔ながらの方法で麹を作っています。5代目となる店主は中村一紀さん。奥様の真咲さんと2人で日々、麹を仕込みます。
/003.jpg)
麹作りは、4日を1セットとして行われます。1日目は米や麦、大豆といった原料を水に浸して水を吸わせます。2日目にはそれを木の桶で蒸した後に手で広げて冷まし、麹菌を吹き付けます。それを杉の板でできた杉盆という浅い木箱に入れ、菌が生えやすいように湿気の多い環境にした麹室(こうじむろ)という部屋で麹菌を繁殖させます。そして、温度と湿度を調整しながら2日間寝かせれば完成です。
/004.jpg)
90kgの米を木の桶で蒸した後、台に広げて冷まします。熱々に蒸した米を手で広げるのは大変な作業。麹室に移す時に、米の温度が30℃ぴったりになるように、手で温度を確かめながら冷ましていきます。季節の変わり目は温度を感じるのが難しくなるので温度計を使うのだとか。
現在では珍しくなった木箱で麹を育てる「麹蓋製法」を受け継いでいるのも「中村屋麹店」の麹作りの特徴。使い込まれた木箱がうず高く積まれています。
/005.jpg)
麹室の内部は、室温30℃、湿度90%以上に保たれています。天井についた天窓を使って、気候に応じて吸排気を行い、麹菌の生育に適した環境に保ちます。「温度・湿度が変わるだけで、麹菌の育ち方は如実に変わります」と一紀さん。
/006.jpg)
こちらが完成した麹です。出来立ての麹は真っ白でふわふわしており、まるで雪のよう。できた麹は、木板から剥がして乾かし、菌の活動を止める“枯らし”という工程を経て、そのまま店頭で販売しています。
「当店では、米麹、麦麹、黒麹、甘くなる麹、豆麹、金山寺麹、ひしお麹といった種類の麹を販売しています。それぞれ原料や菌の性質を考えて、すべて異なる種類の麹菌を使っています。料理人や料理研究家に面白い食材として使っていただけることも多いです」と一紀さん。
/007.jpg)
「中村屋麹店」では、調味料にした麹も販売しています。しお麹、しょうゆ麹、ナスや生姜、昆布などを入れた金山寺味噌、米麹に唐辛子や醤油を加えた三升漬、近隣で採れた梅を加えた梅味噌などバリエーション豊富。手軽に使えるのも魅力です。
中村ご夫妻に麹の美味しい食べ方を教えてもらいました。
/008.jpg)
「調味料そのものの味を楽しむなら、きゅうりなどにディップするのがおすすめです」と真咲さん。
/009.jpg)
金山寺味噌は昆布の旨みやごろっと入ったナスの食感が相まって奥行きのある味わいに。梅味噌は、適度な酸味が爽やか。どちらもきゅうりと相性抜群です。
「しょうゆ麹は醤油の代わりに使うことができます。醤油のように流れていかないので、食材に少しずつつけて食べることができます」(真咲さん)
/010.jpg)
ナスに大根おろしをのせて、しょうゆ麹をちょんとつける。口に運ぶと濃厚な醤油の味と風味が広がります。麹ならではの旨みも感じられてとても美味。
最後に甘酒をいただきます。なめらかと口当たりと優しい甘さでホッと落ち着きます。
/011.jpg)
中村さんご夫妻は、先代から事業を受け継いで10年になります。美大を卒業した一紀さんの前職は舞台などを作る造形屋。お父様が体調を崩されたことを機に家業を継ぐことを決めたそうです。
「麹作りを始めた時は試行錯誤の繰り返しでした。作り方や麹菌の種類を何パターンも試し、データを取って自分なりの麹作りのセオリーを確立しました。造形屋も麹屋も職人仕事ですから、感覚的に近いものがあります。今は新商品を開発するなど、楽しみながら麹作りに取り組んでいます」と一紀さん。
/012.jpg)
「昔は身近な食材だった麹ですが、最近は見たことがないという人も増えました。しかし、日本人は、味噌、醤油、さけ、みりんといった麹からできる食品で育っています。2006年には、日本醸造学会によって、麹菌が国を代表する菌『国菌』に選ばれました。当店では、麹を使った味噌作りのワークショップも各地で開催しています。こうした活動を通して、麹の魅力をもっと多くの人に知ってほしいですね」(一紀さん)
清水町は、「中村屋麹店」をはじめ、3軒の麹屋が密集している全国でも珍しい地域。その特性を生かしたまちおこしの取り組みも近年始まっています。
「清水町が200年以上もの歴史がある麹の産地だということを初めて知った時は、とても驚きました。そこで、清水町の麹の魅力を広く伝え、地域経済の活性化につなげるべく、2024年に清水町商工会で『清水町こうじプロジェクト』を立ち上げて活動を開始しました」
/013.jpg)
そう語るのは、清水町商工会次長を務める前島浩樹さん。まずは清水町の麹をブランド化すべく、ネーミングを一般公募しました。
「670件もの応募をいただき、厳正に協議した結果、『ゆうすいふわり』という名前に決まりました」(前島さん)
ロゴマークも完成。お米の粒と菌糸に包まれた麹、湧水の流れをイメージした優しい印象のロゴマークです。
「今後はこのロゴマークを麹屋さんや麹を使ったメニューを提供する料理店に掲げていただき、広くアピールしていきたいと考えています。また、麹を使った新商品の開発も進め、麹の可能性をさらに広げていきたいと思います。」と前島さん。
/014.jpg)
今後は麹に関するセミナーやワークショップを開催するほか、学校給食に麹を取り入れて普及や食育に取り組んだり、麹をアピールしてくれるアンバサダーを認定するなど積極的に活動していく予定とのこと。
「事業者の方々や町民の方々と一緒になって、新しい麹の文化を作り上げていきたいですね」と前島さんは熱い思いを語ります。
/015.jpg)
清水町の麹を食卓に取り入れれば、日々の食事がもっと充実するのはもちろん、日本の食文化の奥深さを実感できるはずです。
#清水町