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伊豆

ビールやスイーツに進化。伊豆の国市で広がるミニトマトの輪

公開日:2025.12.04

野菜

特集

 

 

静岡県伊豆の国市は、県内シェアNo.1を誇るミニトマトの一大産地。その味と品質は、静岡県が認定する「頂(しずおか食セレクション)」にも選ばれ、ビールやスイーツなどの加工品にも広がりを見せています。近年、生産を支えているのは、他業種から農業に転身した“ニューファーマー”たち。

※ニューファーマーとは、農業経験がなく、サラリーマンなど他の職業から転職して新たに農業を始めた新規就農者のことです。

 

今回は、JAふじ伊豆韮山営農経済センターの與五澤真さん、ミニトマト生産者の八島良和さんと久幾田篤史さんにお話を伺いました。

 

 

伊豆の国市は、富士山や温泉、歴史的観光資源だけでなく、実は「ミニトマト」でも県内トップクラスの存在感を放っています。赤く艶やかな実がパックに並ぶ姿は、観光客にも地元の食卓にも愛される“地域ブランド”へと成長しました。

 

2024年の伊豆の国ミニトマトの生産額は、なんと約13憶円。生産量と品質の両輪で、圧倒的なブランド力を築いています。さらに、出荷はJAふじ伊豆 伊豆の国果菜委員会を通して行われ、収穫からわずか1日で東京や神奈川など都市部へ。鮮度を保ったまま、食卓へと届けられています。

 

「伊豆の国のミニトマトがおいしいと言われる理由のひとつが、新鮮さ。トマトは収穫後も呼吸していて、時間が経つと味や香りが落ちてしまいます。だからこそ、すぐ出荷できる距離とスピード感は、フレッシュな味を守るうえでとても大切。」そう話すのは、JAふじ伊豆韮山営農経済センターで、毎日ミニトマトの出荷作業を担当する與五澤さん。

 

 

ラベルには、富士山と世界遺産・韮山反射炉をモチーフにしたデザインがあしらわれ、伊豆の国市ならではの風景と歴史が込められています。

 

伊豆の国で育つミニトマトの品種は、主に「千果(ちか)」。

 

千果の特徴は3つ。甘いけど後味がすっきり。実がしっかりしていて日持ちする。色ツヤがよくて見た目もきれいなこと。

 

この千果は、農家さんたちの手で、1年を通じて長期栽培。実が熟すたびに収穫されていきます。

 

 

いちごのハウスは丸い屋根をしていますが、ミニトマトのハウスは三角屋根。その違いは、日光の取り込み方にあります。ミニトマトは、光合成が活発に行われる環境を好む作物。三角屋根のハウスは、太陽の動きに合わせて光を均等に受け止め、日中の光を最大限に活用できる構造になっています。

 

 

伊豆の国のミニトマトを語るうえで欠かせないのが、「ニューファーマー(新規就農者)」の存在と、JAや出荷組合による支援です。

 

平成以降、就農支援策や研修制度、補助金などを通じて新しい担い手が増え、彼らの情熱と新しい技術が産地に息を吹き込んできました。202511月現在で、伊豆の国ミニトマトを出荷する「JAふじ伊豆 伊豆の国果菜委員会」の生産者は約60名。そして、その全員が新規就農者として農業を始めたニューファーマーです。ニューファーマーの平均年齢51歳と、農業の現場では若手と呼ばれる世代が中心です。

 

そんなニューファーマーの一人が、愛知県小牧市出身の八島良和さん。結婚をきっかけに伊豆の国市へ移り住み、今ではミニトマト農家として9年目を迎えます。

 

以前は自動車関連の仕事で忙しく、家族と過ごす時間もままならなかった八島さん。「もっと家族との時間を大切にしたい」と考えるようになり、思い切って農業の世界に飛び込みました。

 

伊豆の国市は、15年以上にわたって新規就農者をサポートしてきた地域。特に伊豆の国ミニトマトはニューファーマーが多く、栽培のコツや出荷のタイミングなど、頼れる人がすぐそばにいるのも心強いポイントです。

 

「先輩農家さんや農協の人に、気軽に相談できる環境が本当に助かっています」と八島さんは話します。

 

 

八島さんのハウスには、約3,500本のミニトマトの木が並びます。特徴的なのは、土を使っていないこと。足元をのぞくと、ココナッツの繊維をはいだ有機培地「ヤシガラ培土」が敷き詰められているのが分かります。

 

 

この栽培法に切り替えたのは、今から4年前。土壌病害が深刻化し、従来の土では健全な栽培が難しくなったことがきっかけでした。

そこで八島さんが選んだのが、「ヤシガラ培土」。これを使うことで、通気性・保水性・排水性に優れ、病気のリスクを抑えながら、根の成長を支える環境が整うといいます。

 

 

「糖度だけを追いかけるつもりはないんです」と八島さん。目指しているのは、健全に育ち、風味があり、食べた瞬間に“おいしい”と感じられるミニトマト。そのために、水・光・養分のバランスを見極めながら、一本一本の木と向き合う日々が続いています。

 

続いて紹介するのは、静岡県沼津市出身の久幾田篤史さん。就農して13年目を迎える、経験豊富なベテランファーマーです。

 

かつて久幾田さんは、露地野菜を中心にネギやブロッコリー、小松菜などを育てていました。現在は伊豆の国市に拠点を移し、4棟のハウスでミニトマトの栽培に力を注いでいます。

 

「露地野菜は天候に左右されやすくて。安定して届けられる作物を探していたんです」と久幾田さん。伊豆の国ミニトマトとの出会いが、農業のスタイルを大きく変える転機になりました。

 

 

ちなみに、ミニトマトは成長が早く、茎が十数メートルに達することも。そのため、一定の長さに達した茎を根元から下げ、再び誘引する「斜め誘引」方法で、長期間の収穫を可能にしています。

 

受粉にはホルモン剤を使う方法もありますが、久幾田さんはそれを選びません。

 

「できるけど、やりたくないんです」と語る久幾田さんが頼るのは、マルハナバチ。花粉だけを食べるこの蜂は、ミツバチよりもおとなしく、刺すことはほとんどありません。

 

専用の箱には、約150匹のマルハナバチが暮らしています。1匹ずつ花を巡りながら、およそ45分かけてハウス内を一周。受粉を終えると、蜜を吸うためにまた箱へと戻ってきます。

 

ミニトマトは、花が咲いてからおよそ50日で実がなります。しかも、花が咲いたあとに3枚の葉が展開すると、また次の花が咲く。そんなリズムで、枝の先へ先へと成長していきます。

 

 

枝いっぱいに実るその姿は、まさに“果実の連なり”。まるでぶどうの房のように、上から順に赤くなっていく様子は、見てるだけで心が躍ります。

 

 

作業を始めるのは、だいたい朝8時ごろ。「農家は朝が早い」と思われがちですが、この地域では、みんなそれぞれのペースで動いています。夏場は涼しい早朝の時間帯に作業を始めることもありますが、それ以外の季節は、少しゆっくり。

 

 

久幾田さんも、自分のリズムに合わせて、無理なく進められるのが気に入っているそうです。「伊豆の国にミニトマトは、いいですよ」とほほ笑む久幾田さん。

 

 

こうして丁寧に育てられる伊豆の国ミニトマトですが、すべてが出荷されるわけではありません。形がいびつだったり、わずかに傷がついていたりするだけで、市場には出せない“規格外”の実も少なくないのです。

 

 

そんなミニトマトに新たな価値を見出したのが、伊豆の国市で生まれたクラフトビール「政子の情熱」。ラベルには、北条政子と源頼朝が見つめ合う姿が描かれています。この印象的な切り絵を手がけたのは、紙切り作家の水口千令さん。

 

 飲み口はさっぱり。後からふわっとトマトの風味が広がり、「あ、トマトだ」と気づくくらいのやさしさです。クセがないから、和食にも洋食にも合わせやすく、食事の邪魔をしないのがうれしいところです。

 

また、アルコール度数は4%と控えめ。ビールが得意じゃない人でも、気軽に楽しめる一本です。

 

 

そして20259月、伊豆の国のミニトマトはスイーツ界にも進出しました。規格外のミニトマトを使ったパウンドケーキは、しっとり、ふんわり食感が魅力。ひと口で広がるトマトの風味とコク、やさしい甘さがあとを引きます。

伊豆の国市では、ニューファーマーたちがミニトマトを軸に、新しい農業のかたちに挑んでいます。規格外の実も、加工品として生まれ変わり、地域の魅力を広げる一端に。その情熱と工夫が詰まった伊豆の国ミニトマトを、ぜひ現地で味わってみてください。

#伊豆の国市