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富士山南麓の恵みが育てる「あしたか山麓裾野そば」 ──裾野市が生んだご当地そばの物語

公開日:2025.12.10

和食

特集

 

9300年以上前に日本に伝わっていたと言われている「そば」。引っ越しの挨拶でご近所に配る引っ越しそばや、大晦日に食べる年越しそばなど、日本の文化にしっかり根付いた食べ物になっています。また、日本各地でそばが作られており、それぞれ品種や製法、調理法が異なることから、ご当地そばとして親しまれています。食文化が豊かな静岡県にも、もちろんご当地そばが存在します。それが、今回ご紹介する「あしたか山麓裾野そば」。一体、どのようなそばなのか、現地に行って調べてきました。

 

 

静岡県東部、富士山の南麓に広がる裾野市。訪ねたのは、10月後半でちょうど新そばの収穫前の時期。富士山を背景にした広大なそば畑には、かわいい白い花が一面に咲き誇っていました。この地域は、標高が高く、気候が涼しいうえ、水はけの良い火山性の土壌が広がっていることから、かつては庭園やゴルフ場などで使われる芝生の栽培が盛んだったと言います。

 

「しかし、近年は芝生の生産者が減少し、耕作放棄地が増えてしまいました。そこで、何か芝生に代わる新しい作物を育てられないかということで、『景観の良い作物』、『寒暖の差がある裾野の地に適した作物』をテーマに検討した結果、そばが候補に挙がり、平成23年から栽培を始めることになりました。白いそば花が咲く時期には、富士山を背景にした風景を写真に収めようとこの地域を訪れる人も増えました。」

 

 

そう話すのは、JAふじ伊豆の渡辺さん。そばの栽培には、水やりや農薬散布の必要がなく、実をつけるための受粉もミツバチに任せていればいいなど、手間がかからないことも、そばを選んだ理由の1つだそうです。

 

「手間がかからないとは言っても、栽培を始めた当初は苦労しました。最初は播種(種をまくこと)を手作業で行なっていましたが、密度が偏り、品質があまり安定しませんでした。現在は播種と収穫を機械化しており、品質や収量が安定すると同時に、効率化も両立できています。また、水はけが悪い場所では、発芽してもすぐに根腐れを起こしてしまうため、暗渠を掘るなどして土壌の改良に努めました。その結果、現在は14の生産者が年間合計2000アールの作付面積でそばの生産を行うまでになりました」(渡辺さん)

 

裾野そばの最大の特徴は、年に2回、収穫できること。普通は秋に収穫された“秋そば”が新そばとして提供されますが、夏場に収穫される裾野そばの“夏そば”は全国的にも非常に珍しいそうです。

 

 

「秋そばは、9月上旬から播種して、11月に収穫します。夏そばは、5月上旬から播種を行い、7月に収穫します。夏そばの作付面積は、秋そばの半分程度ですが、栽培している産地が少ないため需要が多く評判もいいですね。裾野で夏そばを収穫できるのは、標高が高く、夏でも涼しいからです。特に夜は気温が大きく下がるので、害虫や雑草の被害を受けにくいのです」(髙嶋さん)

 

昨年はあまりの暑さに収量が落ちてしまいましたが、今年は播種を1ヶ月早めたところ、収量が回復したそうです。栽培開始から約15年と、裾野そばの歴史は意外に短いですが、現在も試行錯誤を繰り返しながら、品質を追求しているのです。

 

 

収穫前のそばの実は緑色をしています。それが次第に色付き、収穫期になると身が少し膨らんで、殻が濃い茶色に変化します。硬い殻を剥がした中身は白く、手で触るだけで粉状になります。製粉は市内の工場で行なっています。裾野そばを製粉する際は、殻を取り除くだけでなく、中身の甘皮の部分も削り取ります。そうすることで、喉越しが良くなるそうです。

 

 

裾野そばは、年間1012トンが生産されていますが、そのうちの約8トンがJAふじ伊豆直営のそば店「五竜庵」で消費されています。近くにある観光スポット「五竜の滝」にちなんで名付けられており、窓の外には美しい富士山を望むことができます。

 

 

「『五竜庵』は平成25年にオープンしました。収穫したそばを直営店で提供することで、6次産業化を行うことが狙いでした。そば粉8割、小麦粉2割の二八そばを店内で手打ちしており、出来立てのそばを提供しています。ざるそばやかけそばのほか、天ざるそばや季節に合わせた期間限定メニューも提供していて、できるだけ地元の食材を使うようにしています。毎日100食以上提供していますが、観光客だけでなく、地元の常連さんにも多く来ていただいています」(渡辺さん)

 

また、店舗看板に使用されている文字やのぼり旗の背景デザイン、五竜庵の雅印は、地元の高校生に依頼して制作していただいたそうです。

 


 

こちらは、期間限定の「秋彩天ざるそば(1500円)」。地元で採れたきのこや野菜の天ぷら(椎茸、しめじ、えのき、舞茸、春菊、エビ)が添えられています。そばにはしっかりコシがあり、香り豊か。喉越しもさっぱりしていて実に美味。

 

 

裾野そばは、五竜庵やJA直売所などで、5割そばの乾麺としても販売されており、自宅でもその味わいを楽しめます。また、そば粉の状態でも販売されているので、自分でそばを打つこともできます。

 

裾野市の新たな名物になっている裾野そば。ぜひ「五竜庵」を訪ねて、その味わいを堪能してください。


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