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沼津市戸田 深海魚がつなぐ海と暮らしの食文化

公開日:2026.03.07

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 駿河湾に面した沼津市戸田(へだ)は、
“深海魚の聖地”と呼ばれています。戸田地区では、
深海魚は地域資源として生活と密接に関わってきました。戸田港で水揚げされ、直売所に並び、食堂で味わう。深海魚は特別な存在ではなく、暮らしの中に溶け込んだ地域の食文化です。

深海漁とは、水深200m以上の「深海」と呼ばれる層に生息する魚介類の総称です。

 

駿河湾の地形が支える深海漁

駿河湾は日本一深い湾で、最深部は2,500mにもなります。
沖に出ると急激に深くなる地形のため、一般的な沿岸漁業とは異なり、深海域がそのまま漁場となり、深海魚を水揚げすることができます

 

戸田では大正時代初期から底引き網漁(トロール漁)が行われ、深海魚の水揚げは地域の重要な産業の一つとして発展してきました。その深海恵みは、地域の食卓にも広く取り入れられています。

 

【底引き網漁の流れ】

午前3時から4時頃に出漁し、13時間から14時間を海の上で過ごします。
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回の漁にかかる時間は約1時間半。約1,500mのロープに重りつきの網を取り付けて海底にはわせ、網が浮かないように時速1.6kmほどの速度でゆっくり引きます。
主に水深200メートルから500メートル、深いときには1,000メートル近い海底付近を引き、その水深に生息する深海魚を水揚げします。

 

網が上がると、甲板いっぱいに深海魚が広がります。

1回の操業で何百種類もの生き物が獲れますが、市場に流通するのは3040種ほど。大半は十分に活用されていません。

 

「漁師になって最初の10年間、深海魚は有名ではありませんでした。深海魚ブームをきっかけに、研究者や愛好者の人たちと出会ったことで価値を知ったんです。近頃は、深海魚の価値が社会に追いついてきたと感じます」

そう語るのは、漁師歴21年の底引き網漁師 大村真史さん。

 

深海魚ブームから約10年が経ったいまでも、深海魚好きの子どもたちから大村さんに連絡がくるのだといいます。そうした県内外の子どもたちとの交流が、深海魚の周知や理解を広げる活動を続ける大村さんの原動力になっています。

 

-深海魚を多くの人に知ってもらうためにも協力は惜しまない-

“本物を見る機会をつくりたい”と、大村さんは水揚げした魚を無選別で送る「深海魚の宝箱」のサービスをスタート。研究協力や情報発信を通じ、資源としての理解促進にも取り組んでいます。

海水温の低い場所に生息する深海魚は、脂を蓄えるため、白身の旨味が強い食材でもあります。

「深海魚は食材としての可能性も大きい。期待が持てる魚ですよ。深海魚の聖地に来て、ぜひ食べてみてください」

市場に出ない深海魚の中にも、食べたらおいしい魚があるとのこと。深海漁の価値を見いだし、未来の食文化へつなげていくことを、大村さんは常に念頭に置いています。

 

 

買う戸田漁業協同組合 直売所「へだのすけ市場

戸田漁協直営「へだのすけ市場」では、深海魚を家庭用に購入できます。

 

 

 

とろりとした食感、甘味と旨味が楽しめる「本エビ(ヒゲナガエビ)」は、刺身、天ぷら、フライで食べるのがおすすめ。販売している「本エビ」は、戸田港で水揚げしてすぐに冷凍した新鮮なものなので、解凍してそのまま刺身としても食べることができます。

資源保護のため、禁漁期間が設けられている底引き網漁。売り切れて売場に並ばないこともあるので、見かけたらぜひ手に取ってみてください。

 

店内の「戸田産コーナー」には、「本エビ」や「アカザエビ(手長エビ)」といった深海エビをはじめ、「アオメエソ(戸田での呼称:メヒカリ/トロボッチ)」や「ニギス(戸田での呼称:メギス)」などの鮮魚が並びます。

さらに、「へだトロはんぺん」や「メヒカリの唐揚げ」といった加工品、干物、活タカアシガニなど、戸田ならではの海の幸が充実しています。

 

「食べ方を聞かれることが減りました。深海魚が知られてきた証拠ですね。メヒカリなど、鮮魚も販売しています。ご自身で調理するとさらにおいしく召し上がっていただけると思いますので、ぜひチャレンジしてほしいです。観光で戸田へ来られた方は、お店の人に何がおいしいか、食べ方など遠慮なく聞いてください。その時(季節)に特においしいもの、調理方法なども教えてくれます」(水産食品購買課 野田佐利さん)

 

 

 

食べる丸吉食堂の深海魚料理

港近くの「丸吉食堂」では、戸田ならではの深海魚料理を味わえます。

 

 

ドン底丼(深海魚塩天丼)

「丸吉食堂」店主、中島寿之さんが考案した二段構造の天丼。
下段はメヒカリの天ぷらに天つゆをかけたもの、その上にご飯、さらにメギスの天ぷらと大根おろしを重ね、塩を振りかけます。ふわりとした食感と白身の甘みを味わったところで、丸吉食堂オリジナル「橘ぽんず」をかけると、戸田の特産品である「橘(たちばな)」の爽やかな香りで軽やかな後味に。最後はコクのある天つゆ、まるで深海へ潜るような味の変化を表現した一杯です。

 

 へだトロはんぺん

メギスを中心としたすり身に、細かく刻んだ野菜を混ぜて揚げた戸田の郷土料理。
外は香ばしく、中はふんわり。魚の旨味が広がります。
入れる野菜の種類が違ったり、イカやタコを加えたりと、家庭によって独自のレシピがある地域の味。

「地域の魚を活かすために生まれた料理です。骨まで刻むと旨味が出るんです」(中島さん)



 メヒカリの唐揚げ

揚げると、ほくほくとした白身の食感。
脂がありながら上品で、いくらでも食べられる味です。
戸田では家庭料理としても親しまれています。

市場に出せない小さめの魚や、獲れすぎた魚を『おかずにして』と、漁師が近所へ配る「おかず」という習慣があり、深海魚は昔から身近な食材だったのです。

 

 

学ぶ戸田造船郷土資料博物館・駿河湾深海生物館

「戸田造船郷土資料博物館」に併設された「駿河湾深海生物館」には、ラブカやヨコヅナイワシなど貴重な標本が展示されています。

「深海生物が好きな子どもたちが、全国から来てくれます。子どもたちの知識量の多さに驚かされますね。深海マニアさん、ご来館をお待ちしています」(館長の筒井久美子さん)

展示は生態の特徴が分かるよう工夫され、寿司ネタのケースを模した展示など、食との距離の近さも戸田らしさです。

 

 

触れる戸田深海魚まつり

戸田観光協会が主体となり、地元飲食宿泊事業者などで構成する「へだ温泉深海魚プロジェクト」が主催する「戸田深海魚まつり」が定期的に開催されています。

実際に触れながら観察できる深海魚の展示やタッチプール、即売会が行われます。一度に多くの深海魚に触れ合えると、全国から深海魚ファンが訪れます。参加者には事前予約者限定特典として、地元飲食店で使用できる割引券をプレゼント。見る・触れる・食べる体験が一体となったイベントは、2026年春にも開催予定です。

 

 

深海魚と暮らすまち・戸田

戸田で、見る・知る・食べるという体験を重ねるうちに、深海魚は珍しい存在ではなく、このまちの暮らしの一部だと気づきます。

海の恵みを大切にする営みが、今の戸田を形づくっています。

 

 

 

 

【丸吉食堂】

所在地:静岡県沼津市戸田566-2

TEL.0558-94-2355

営業時間:11001700 ※曜日共通

金曜定休、祝祭日営業

※食材がなくなった場合、早じまいする場合もあります

 

【戸田造船郷土資料博物館・駿河湾深海生物館】

所在地:沼津市戸田2710-1

開館時間:9:0016:30

TEL0558-94-2384

休館日:水曜日・祝日の翌日・年末年始

入館料:大人 200円、小・中学生 100

団体(20名以上)2割引

 

【戸田漁業協同組合 直売所 へだのすけ市場】

所在地:沼津市戸田523-9

TEL0558-94-2082

営業時間:9:0017:00

定休日:水曜日

 

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