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日本最古の保存食。西伊豆田子で受け継がれる幻の伝統食材「潮かつお」

公開日:2025.12.16

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みなさんは、「鰹節の原型」とも呼ばれる食材が、今も日本に残っていることをご存じでしょうか。

その名は「潮かつお(しおかつお)」。鰹を丸ごと塩漬けにし、冬の冷たい風にさらして干し上げる、日本最古の保存食です。かつては全国の漁村で作られていましたが、現在も製造が続いているのは、静岡県西伊豆町・田子(たご)地区のみ。なぜこの地だけに残ったのか。どんな手しごとで作られているのか。その答えを探りに、田子の老舗「カネサ鰹節商店」を訪ねました。

 

静岡県西伊豆町・田子地区は、古くから鰹漁や鰹節加工業で栄えてきた漁師町。この地で生まれた本枯節は「田子節」と呼ばれ、日本三大鰹節のひとつに数えられることもあります。

 

潮かつお作りが始まるのは、空気が乾き始める11月上旬。機械に頼らず、工程のすべてを手作業で仕上げるのが、カネサの流儀。まずは鰹を切るところから作業は始まります。使うのは、芹沢さんが目利きで選んだ、まるまると太った鮮度抜群の鰹。職人さんの手で、塩が奥までしっかり入るように、腹に深く切り込みを入れていきます。


時は流れ、かつて40軒ほど軒を連ねていた鰹節業者も、わずか3軒を残すのみになりました。そのうちの一軒、明治15年創業の「カネサ鰹節商店」は、潮かつおの製造から稲わらの飾り付けまでを担う、国内で唯一の老舗です。現在5代目の芹沢安久さんが受け継ぎ、熟練の技で守り続けています。

 

傷みやすい血合いは、ていねいに取り除いて。職人さんたちの迷いのない手つきに、熟練の技が光ります。

 

次の工程は塩漬け。切り込みを入れた部分に、竹ベラで塩をたっぷり詰めていきます。鰹の表面はもちろん、腹の内側やエラの奥まで、塩が隙間なく行き渡るよう押し込みます。保存性を左右するのは、この塩加減。職人さんの経験と勘が物を言う世界です。

 

 そうして数時間かけ、約300本の鰹を塩漬けに。手を止めず、目を離さず。潮かつおづくりは、まさに手仕事の結晶です。

 

塩をまとった鰹は、一本ずつがずっしりと重く、一人で進めるには大変な作業。渡す人と、受け取る芹沢さん。2人で息を合わせながら、塩蔵を進めていきます。

 

芹沢さんは、一本一本、鰹を胸の高さまで持ち上げ、慈しむように石槽に並べていきます。その手に宿るのは、命への感謝や神への祈りなど。潮かつおづくりは、保存食を超えた尊い営みだと、あらためて思わされます。

 

ひと通り鰹を並べ終えたら、じっくり10日ほど寝かせて、潮かつおの土台をつくります。

 

その後、乾燥作業へ。鰹についた塩を真水で丁寧に洗い、形を整えてから屋外に吊します。干し場は、海からの風がよく通る場所に設けられ、約3週間かけて寒風にさらされます。乾燥機も添加物も使わず、自然の気候だけで仕上げる。それが潮かつおづくりの最大の特徴です。

 

干し上がった潮かつおに、稲穂のついた藁を巻き、飾り付けを施します。こうして仕立てられたものは、正月の縁起物「正月魚(しょうがつよ)」として出荷されます。

 

この正月魚を手にできるのは、事前に予約した人だけ。毎年およそ50本が正月魚として用意され、残りは加工品として販売されます。

 

「潮かつおの歴史は、1500年以上。鰹節よりも古く、かつては田子から奈良の都へと献上されていました。実は伊勢神宮では今も、鰹の加工品が神事に用いられています。神様に捧げる魚として、鰹は特別な存在であり続けてきたのです」と芹沢さんは話します。

 

「鰹のような青魚は傷みやすく、江戸時代には“毒魚”と呼ばれることもありました。腐敗を防ぐために塩蔵の技術が発達し、長期保存が可能になったんです。

 

また、戦に向かう武士が鰹を食べていたという説もあり、“勝男”の字があてられ、縁起物として親しまれてきました。鰹は、本当にありがたい魚ですよね。」

 

お手製の「ありがつお」Tシャツを着た安久さんは、そう言って笑います。

 

では、なぜ田子だけに潮かつおが残ったのでしょう。

 

「田子では、潮かつおが“年神様信仰”と結びつき、正月には稲藁飾りとともに神棚へ供えられてきました。こうした神事が暮らしの中に根づいていたからこそ、潮かつおの製法が受け継がれてきたんです。

 

一方、ほかの地域では神事と結びついていなかったため、風習そのものが途絶えてしまいました。つまり、潮かつおはただの干物ではなく、地域の記憶そのものなんですよ」そう語る芹沢さん。

 

「カネサ鰹節商店」の加工場横には、小さな販売所もあります。中に入ると、鰹節や鰹の加工品がところ狭しと並びます。潮かつおの商品も充実。真空パックの半身や切り身に加え、手火山式焙乾(てびやましきばいかん)製法で仕上げたもの、料理にふりかけて使えるタイプまで揃い、想像以上の品ぞろえです。

 

手火山式焙乾製法とは、職人が火加減を手で見極めながら熱を均一に当てて燻し乾かし、カツオの旨味を逃がさず凝縮させる伝統的な製法です。

 

「若い人たちにも、潮かつおの魅力を知ってもらいたい」そんな思いから、近年は地域資源としての活用も進んでいます。潮かつおを使ったジェラートや飴など、ユニークな商品が食べられるのも、田子ならでは。

 

潮かつおの食べ方について、芹沢さんはこう教えてくれました。

「潮かつお1切れに、ご飯1合。水を加えて炊くだけで、うま味たっぷりの炊き込みご飯ができます」

 

 

好みによって具材を足したり、刻みネギを添えたり。潮かつおの炊き込みご飯は、アレンジ次第で、楽しみ方が何倍にも広がります。食べてみると、シンプルなのに、驚くほど深い味わい。ご飯がすすむおいしさです。

 

西伊豆町の飲食店では、潮かつおをアレンジした「潮かつおうどん」が、ご当地グルメとして親しまれています。ほどよい塩味とさまざまな食感が楽しめる一杯で、ランチにぴったり。旅の途中で立ち寄って、味わってみるのもおすすめです。

 

#西伊豆町