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江戸時代から繋ぐ、育む。皇室に献上される遠州森町の宝「治郎柿」
公開日:2025.12.23
果物
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秋

“遠州の小京都”と呼ばれる静岡県森町では、秋になると、森町名産の次郎柿ブランド「治郎柿」が一斉に実ります。四角い形とサクサク食感、濃厚な甘みで「甘柿の王様」と称されることもあるこの果実は、100年以上にわたり皇室献上品として選ばれてきました。
ブランド名にある“治郎”とは、江戸末期に森町で柿の幼木を見つけ育てた、松本治郎さんの名前が由来です。
偶然見つかった幼木から始まり、火事や戦争を乗り越えて守られてきた原木は、町の誇りそのもの。この柿を守ってきた人たちの思いをたどりに、森町へ向かいました。

「治郎柿」の一大産地は、森町の谷中と円田エリア。毎年秋になると、周辺では「治郎柿」がたわわに実り、畑一面が橙色に染まります。
その実りを支えるのは、柿農家の人々。収穫した柿は、軽トラックの荷台いっぱいに積み込まれ、谷中にあるJA遠州中央へと運ばれます。

この日、柿を受け取ったのは、JA遠州中央・森営農センターの鶴見祐介さん。
愛情いっぱいに育てられた柿を一つひとつ掌にのせ、色や形、柔らかさを確かめながら選別。Lから4Lまで、丁寧に振り分けていきます。
「治郎柿」は平たく四角い形をしているのが特徴です。
そして、皮に走る4本のスジが見られるのも「治郎柿」ならでは。
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「今年は豊作。甘くて、玉太りの良い柿がよく採れています」と語る、鶴見さん。
手のひらにのせた3Lサイズの柿は、リンゴにも匹敵する大きさ。その見た目からも、ずっしりとした重みが伝わってきます。

出荷の最終工程は、梱包作業。「森の治郎柿」と記されたフタを被せ、ストラップでしっかりと固定されます。
かつては「次郎」と「治郎」が混在していましたが、平成20年に、「JA森町柿部会」と「森町治郎柿原木保存会」が発祥の地を示すため、ブランド名を“治郎”に統一しました。

鶴見さんは、「治郎さんの思いを受け継いで、こうして市場へ送り出せるのは嬉しいことです」と微笑みます。
続けて、「今年の柿は、例年より糖度が高く、20度に達するものもありました。当たり年です」と声を弾ませました。

ブランド名は“治郎”。ですが、原木は品種名の“次郎”の名で、静岡県指定の天然記念物として登録されています。
名前の違いも面白いけれど、驚くのは、樹齢160年を超える原木が、今も枝いっぱいにおいしい実をつけること。聞けば、樹齢100年を超える果樹が同じ土地で実をつけ続けるのは、果物の世界では極めて稀なのだそう。
そんな奇跡の木を守り続けているのが、「森町治郎柿原木保存会」。行政と連携し、保護体制を維持しています。

原木を守り続けてきた人の声を聞くために、「森町治郎柿原木保存会」の理事で、「JA森町治郎柿部会」会長の小澤芳巳さんを訪ねました。
「放っておけば、原木は病害や枯れの危険もあります。それを防ぐために、私たちが定期的に剪定や施肥を行っているのです。」と小澤さんは話します。
ご自宅のお庭に立つ「治郎柿」の木は、原木からの接ぎ木で、樹齢120年を超えるもの。長い年月を経てもなお枝を広げ、豊かに実をならせていました。

そうして、愛情たっぷりに育てられた「治郎柿」は、明治41年、静岡市にお泊まりになった明治天皇に供され、ことのほか喜ばれたと伝わります。その後、「治郎柿」は献上柿として選ばれ続け、令和7年には、なんと112回目を数えました。
「富有柿はアゴで食べ、治郎柿は歯で食べる。と昔から言われるほど、治郎柿は果肉がしっかりしているんです。」と小澤さん。そう言って、収穫したばかりの柿をひと口ほおばります。「やっぱりこの甘さは格別だね」とにっこり。
「治郎柿」は、カリッと、サクッとした食感が特徴の柿。糖度が非常に高く、後を引く濃厚な甘さが広がります。その味わいから、「治郎柿」は「甘柿の王様」とも呼ばれているのです。

皇室献上の歴史を持つ「治郎柿」は、食べるだけでなく、ワインとしても姿を変えています。
森町商工会の長谷川千恵子さんと横田豪さんは語ります。
「柿の魅力をもっと広げたい。その思いから、1998年にワインづくりを始めました。原木からとれる柿の実もワインに入っているんです」と長谷川さん。
「甘口でフルーティーな味わいは、治郎柿ならでは。お酒が苦手な人や女性でも飲みやすいと評判なんですよ」と横田さん。

「治郎柿」を使ったワインづくりも、2025年で26年目を迎えました。その間にラベルを変えてよりおしゃれに、アルコール度数を10パーセントに調整して飲みやすさを追求。いまやロングセラー商品となっています。
令和7年の「遠州森町次郎柿ワイン」は、12月19日に数量限定で販売スタート。町内の酒店やスーパー、コンビニエンスストアなど13店舗で購入できます。
柿の甘さや大きさが違えば、ワインの味わいもまた違う。毎年違う味わいだからこそ、今年の1本がどんな風に仕上がるのか楽しみです。
#森町