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平安から伝わる雅 包丁儀式(庖丁式)の世界

公開日:2026.01.14

歴史

特集

平安の昔から伝わる「庖丁式(ほうちょうしき)」という儀式をご存知でしょうか? ⾷事の前後に「いただきます」「ごちそうさま」と挨拶するように、⽇本では古くから、⾷材や⾷に携わる⼈々に感謝をする⽂化があります。庖丁式も、⾷に対する感謝を伝える伝統⽂化として、1200年の⻑きにわたり受け継がれてきました。そんな庖丁式が、静岡県清⽔区の清⽔マリンビルで開催された「和⾷展しずおか」の特別企画として執り⾏われました。

 

 

平安時代から宮中⾏事として伝わる「庖丁式」は、庖丁と真奈箸(まなばし)と呼ばれる箸を使って、⾷材に⼀切⼿を触れることなく調理する儀式。⾷材に感謝を捧げ、天下泰平・五穀豊穣を祈ります。諸説ありますが、料理に造詣の深かった第 58代光孝天皇が、⾷材となった⽣き物の霊を鎮めるために始めたと伝わっています。

 

雅楽が流れる厳かな雰囲気の中で、庖丁式が始まりました。庖丁式には、いくつかの流派がありますが、今回の儀式を執り⾏うのは四條眞流。雅やかな所作で知られる流派です。

 

 

⼤きな俎(まないた)が置かれた舞台に烏帽⼦(えぼし)や直垂(ひたたれ)⾝につけて正装した後⾒⼈が⼊ります。

後⾒⼈を務めたのは、専⾨調理師連合会瑞松会会⻑の猪⽖憲康⽒。儀式を執り⾏う⼑主に何かがあった時に代理として儀式を遂⾏する役割を担っており、⼑主の先輩に当たる⼈が務めます。

 

 

介添人が入場した後、刀主が舞台に上がり、儀式の次第を説明します。⼑主を務めるのは、熱海市の「エレコム熱海倶楽部」料理⻑の岸本憲隆⽒。

 

 

式題は「⼤兜乃鮪」。

⽇本⼀のマグロの⽔揚げ量を誇る清⽔港にちなんで、マグロが⾷材に選ばれました。

 

 

介添人が俎(まな いた) にかけられた布を払うと、「俎開き」が始まります。

阻條慎流では、俎の四隅は、それぞれ刀主から見て、右上から右回りに 「朝拝」「四徳」「五行」「宴酔」と名付けられており、中央は「麒麟」と呼ばれます。

塩を祓って受水竹(じゅすいだけ)と呼ばれる竹の器に入った清め水を布に含ませ、「朝拝(俎の右上)」から順に俎を拭いて清めます。

続いて行われるのが、「刀参方(とうさんほう)の儀」。介添人が、刀主が使う刀、真奈紙(まながみ)に包まれた真奈箸(まなばし)、を用意します。

続く「真奈三方(まなさんほう)の儀」では、お魚係りが魚菜(まな)と呼ばれる食材を供え台の上に用意し、俎を飾る季節の花を「朝拝(俎の右上)」に置きます。

そして、「⼑主⾒参(とうしゅけんざん)」。⼑主の岸本⽒が舞台に上がると⼀同拝礼。⼑主は⿂菜に向かって頭を下げます。

それから、作業をしやすいように介添⼈が⼑主の袖を絹の襷(たすき)で縛る「⽊綿襷掛け(ゆうたすきがけ)」を⾏います。

 

 

続いて「目視改め(もくしあらため)」。

刀主が俎にがたつきなどがないかを目で確認。「朝拝(俎の右上)」に置かれた花を「宴酔(俎の左上)」に移した後、 俎を点検する「俎改め」、 庖丁刀を点検する「刀改め(とうあらため)」を行います。

その後、 真奈紙から真奈箸を抜いて神に見せ、天と地、すべての人に感謝を捧げます。

 

 

 

次は「組箸」。庖丁⼑と真奈箸を⼼臓の前で⼗字に組み、⼼臓を中⼼に真円を描きます。そして、⾃らが清らかであることを庖丁⼑と真奈箸に伝える「六根清浄」を⾏った後、「破魔⼋双の構え」で邪気を祓います。

続いて、真奈箸を持ち替える「返し箸」。これは、四條眞流だけで⾏われる所作です。そして、⾷材を褒め称える「真奈愛で(まなめで)」の後に、右⼿に庖丁⼑、左⼿に真奈箸を持ち、上段の構えから食材を切り分ける「打ち込み」に⼊ります。最初にマグロの頭を切り落とした後、庖丁⼑と真奈箸で円を描いて⼀礼、尾を切り落として⼀礼します。それから、脚から指先まで全⾝を使いながら、⾝を切り分けていきます。庖丁と真奈箸だけで切り分けるのには、熟練の技を要します。

 

 

庖丁式で使⽤する⾷材には決まりがあり、『五⿂三⿃』と呼ばれる⾷材が⽤いられ、季節や⽬的によって使い分けられます。宮中⾏事として始まった庖丁式ですが、その後、武家社会で戦の出陣や凱旋の際に執り⾏われるようになりました。

今回の「⼤兜乃鮪」は、マグロを兜に⾒⽴てて切り分けます。

 

マグロは⼿早く、丁寧に切り分けられ、並べられていきます。最後に尾を庖丁⼑で掬い取り、「朝拝(俎の右上)」で確認して俎に返します。そして、全体を確認した後、季節の花が添えられます。

 

 

完成した「⼤兜乃鮪」。頭を中心に左右に身が並び、立派な⽔引を添えられたマグロの姿は、兜そのもの。

⾒事な出来映えに、多くの来場者がカメラを向けていました。

 

 

「四條流の一門には、主に食を生業とする人が所属しており、日々、修行に励んでいます。家元から庖丁式の所作や切り⽅を学ぶだけでなく、茶道を習うなど⾷に対する知識を深めることで、⾷に対する意識を⾼めることも⽬的の1つです。⽇本には『五味五⾊』という料理の基本が伝わっています。また、料理は味だけでなく、盛り付けの美も求められます。そうしたことを学ぶうえで、伝統ある庖丁式は最適なのです。今後も庖丁式を後の世代に伝えていき、⾷⽂化の向上を⽬指したいと考えています」と後⾒⼈の猪⽖さんは語ります。

 

 

「私は、長年、和食に携わってきましたが、庖丁式に感銘を受けて入門しました。庖丁式で⼑主を務めた後は全⾝が筋⾁痛になるほどの疲労がありますが、⼤きな達成感を得られます。現在は、庖丁式をより広く知ってもらうために、法⼈を⽴ち上げて庖丁式の企画・運営を⾏っています。来年は出雲⼤社、7 年後には伊勢神宮で四條眞流による庖丁式を⾏うほか、各地の神事やイベントに参加して庖丁式を披露する予定です」と⼑主を務めた岸本さん。

 

みなさんも機会があれば、ぜひ庖丁式をご覧ください。⽇本の⾷⽂化の奥深さを改めて実感できるはずです。

 

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