静岡の食文化を知る
伊豆
「代々続く」を受け継いで 熱海・伊東地区の橙(だいだい)が紡ぐ、暮らしと食文化
公開日:2026.01.29
果物
菓子・スイーツ
歴史
特集
冬

静岡の冬を彩る「橙(だいだい)」。全国有数の産地である熱海・伊東地区では、その多くがお正月用のお飾りとして出荷されています。
「橙=飾り」というイメージが強いかもしれませんが、実はこの地域自家製のポン酢やすし酢など、伝統的な食材として生活に深く根付いていることをご存知でしょうか?近年は新しい商品開発も進み、今改めて注目を集める熱海・伊東の橙。その知られざる魅力と未来を紐解きます。

この地区における橙の起源は、江戸時代末期。熱海市と伊東市の中間に位置する「網代港(あじろこう)」に寄港した紀州の船乗りたちが、持ち込んだ橙の種をこの地に植えたことが始まりとされています。
海に近く、冬でも温暖な熱海・伊東地区は、橙づくりに最適な土地。
11月を迎えると、この地区の山々は一斉に鮮やかなオレンジ色へと染まります。その光景は、この街ならではの、代々変わることのない特別な風景です。

この日訪れたのは、伊東市にあるJAふじ伊豆 あいら伊豆地区の選果場。そこでは山積みになった「枝付き橙」の枝を切り、加工用の原料として整える作業が行われていました。
お正月に「先祖代々、家系が続くように」との願いを込めて飾られる枝付きの橙は、熱海・伊東地区が全国トップクラスの出荷量を誇ります。

コンテナを満たすのは、加工用の橙。お飾りのような「葉」こそついていませんが、その芳醇な香りと品質に変わりはありません。

お話を伺ったのは、農協の指導員を経て柑橘農家を継ぎ、今年で13年になる稲葉安雄さん。
「みかんは、木の寿命が50〜60年と言われています。でも橙は、100年以上たっても元気に育つんですよ。それに、収穫しないでそのままにしておくと、実が落ちずに翌年まで残り続け、春になるとまた青く戻るんです。まるで“若返る”みたいでしょう。」

古い実と新しい実が同じ木に同居し、どちらも落ちない。だから「代々(だいだい)仲良く」という意味が込められ、お正月の縁起物として大切にされてきたのです。

その傍らでは、地元のパートさんたちが「パチン、パチン」とリズムよくハサミを動かしていました。
「伊東では、橙は暮らしになくてはならないものなの。お酢代わりにしたり、ポン酢にしたり。包丁を橙の汁で濡らしてから太巻きを切ると、香りが最高なのよ。」
「熱々のご飯に、果汁を混ぜてお寿司にするのもおいしいわよね。絞りたてを冷凍しておくと便利だし、本当に橙様様だね!」
そんな会話が飛び交う選果場は、橙の爽やかな香りと活気に包まれていました。

「現在、橙の出荷者は約120人ほど。生産者の高齢化で生産量は年々減っていますが、その分、最近は買取価格も上がってきました」
そう話してくれたのは、JAふじ伊豆の鈴木主さんです。実は、鈴木さんの実家も、みかん農家。生産現場の厳しい現実を知るからこそ、価格の上昇は、この「縁起物」が持つ価値が改めて見直されている証拠だと、大切に考えています。
鈴木さんは、こんなことも教えてくれました。
「この地域の橙は品質が高く、漢方の原料としても使われているんですよ」

こうした橙の魅力を、より多くの人に届けようと生まれたのが、「JAふじ伊豆 だいだいサイダー」。
このサイダーには、熱海・伊東地区で育った橙と、伊東市赤沢の海洋深層水が使われています。海洋深層水は、くせが少なく、口当たりがまろやかなのが特徴。ひと口飲むと、シュワシュワとやさしい炭酸が広がり、橙のさわやかな酸味が口いっぱいに感じられます。

見た目はオレンジのようにも見えますが、橙はレモンと同じ「香酸柑橘」と呼ばれる、酸味の強い柑橘。そのまま食べるよりも、加工することでその美味しさがぐっと引き立ちます。

そんな橙の特徴を活かして生まれたのが、「JAふじ伊豆 橙マーマレード」です。
一番の驚きは、熱海・伊東地区で育った橙を「種以外まるごと」使っていること。実をひとつずつ手作業で分け、皮や果汁を丁寧に仕分けるという、手間ひまかけた作り方がこだわりです。
材料は橙と砂糖だけ。このシンプルさが、発売から20年以上も愛され続けている理由です。
橙マーマレードや橙サイダーは、伊東市にあるJAの産直市「いで湯っこ市場」(いでゆっこいちば)などで購入することができます。

橙は、今や熱海市を代表するグルメとしても親しまれています。その象徴的な場所が、古くから信仰を集める「來宮神社」です。
ここでは、橙が“神様の好きな食べ物の一つ”として伝えられてきました。そんなご縁を大切にしようと始まったのが、「来福(らいふく)スウィーツ」という取り組みです。

神様にゆかりのある橙を、おいしいスイーツとして楽しむことで「福を招こう」というこのプロジェクト。
特におすすめなのは、神社直営の「鳥居の結び葉」で楽しめる「結び葉焼き(橙つぶあん)」です。サクサクのパイ生地をふっくら焼き上げ、あんこの甘さと橙の香りが相性ぴったり。さらに、神社に併設する「茶寮・報鼓」で販売している、橙マーマレードが入ったシュワッと爽やかな「橙サイダー」と合わせれば、最高の組み合わせになります。

さらに、行列の絶えない人気店「熱海プリン」でも、橙のスイーツに出会えます。
それは、真っ白で濃厚な「風呂まーじゅプリン」に、橙のジュレをのせた「風呂(ふろ)まーじゅプリン だいだい」。とろ〜り濃厚なプリンの上には、キラキラ輝く橙のジュレがたっぷり。口に入れた瞬間、橙のフレッシュな酸味が弾け、あとからコクが追いかけてきます。

「代々続く」という願いを込めて、この地で大切に育てられてきた熱海・伊東の橙。 正月飾りに息づく日本文化を大切に守りながら、その伝統は今、新たな舞台へと広がりを見せています。
#熱海市 #伊東市