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ぷりっと大粒な冬のご馳走。浜名湖・新居のブランド牡蠣「プリ丸」を追って

公開日:2026.02.06

水産物

特集

浜名湖グルメと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「うなぎ」でしょう。けれど浜名湖には、長い歴史の中で育まれてきた、冬限定の隠れた逸品があります。それが、明治20年頃から続く牡蠣です。中でも新居地区で育つ牡蠣は、ひときわ大粒。そのぷりっとした身から「プリ丸」と名付けられ、希少なブランド牡蠣として、地元の人たちに深く愛されています。今回は、その一粒に懸ける職人の、揺るぎない情熱に迫りました。

 

静岡県西部、浜名湖の南岸に位置する湖西市新居町。訪ねたのは、12月後半のちょうど牡蠣の収穫シーズン。磯の香りと日本の原風景が溶け合う場所で、牡蠣の剥き作業が行われています。

 

「浜名湖の牡蠣はひとくくりにされがちですが、地区によってそれぞれ特徴があります。ここ新居地区で採れたものだけを、プリ丸というブランドで出しているんです」

 

そう話すのは、新居カキ組合の組合長・長谷川欽造さん。もともとは浜松でサラリーマンとして働いていましたが、49歳で家業を継ぎ、2025年で16年目になります。

 

現在は夫婦二人三脚で、新居の牡蠣を守り続けている長谷川さん。その傍らには、いつも奥さまの笑顔があります。

 

「プリ丸」は、1年半もの歳月をかけてじっくり育てられます。11月から翌3月にかけて迎える最盛期は、まさに時間との戦い。応援に駆けつけたスタッフとともに、チーム一丸となって出荷作業にあたります。

 

黙々とトンカチを振るうのは、先代の頃からこの養殖場を支え続けてきたベテランの江村さん。彼の役割は、収穫された牡蠣の塊を一つひとつバラしていくこと。

 

「がちがちに固まった塊を、こうしてバラしていくんだ。中にはダメになっちゃったのもあるけど、それを見分けるのは長年のだね」

 

磯の香りが漂う中、江村さんの振るうトンカチの音がリズムよく響きます。

 

小屋の中では、殻剥き作業をしていました。牡蠣の殻には細かいトゲがあるため、作業台の木片に固定して剥くのが基本。剝き子さんが慣れた手つきで牡蠣ナイフを隙間に滑り込ませ、貝柱を狙ってパカッと殻をこじ開けます。

 

すると現れたのは、乳白色のぷりっぷりの身。「プリ丸」の名にふさわしい、見事な風格を漂わせています。

 

剥き身は「大」と「小」に手際よく仕分けられ、殻は作業台の穴から下のバケツへ。ガシャンと殻が重なる音が、小屋の中に小気味よくこだまします。

 

「広島のような深い海と違って、浜名湖は水深が浅いでしょう?だからこそ、独自の工夫が必要なんです」

 

そう語る奥さまが見せてくれたのは、針金を曲げて60枚ものホタテの殻を連ねた大きな輪。これを「種場(たねば)」に沈めることで、湖を漂う牡蠣の赤ちゃんがピタピタと付着していくのだそうです。

 

「ホタテの殻に穴をあけるのも、針金を曲げるのも、牡蠣棚の竹を加工するのも、全部自分たちの手作業。今は何でも機械がやってくれる時代ですが、牡蠣づくりだけは驚くほどアナログなんです」と奥さま。

 

牡蠣棚(かきだな)とは、海面に竹を組んで作った筏(いかだ)のことで、ここからホタテの殻に付いた牡蠣を海中へ吊るして育てます。

 

さらに、育成方法も独特です。「牡蠣の成長に合わせて、3回も移動させるんですよ」と長谷川さんは教えてくれました。

長谷川さんの船で案内してもらったのは、浜名湖競艇場のすぐそば。遠くに富士山が顔を出し、時折、新幹線が走り抜けるのが見えるこの場所が、「プリ丸」の中間育成を担う拠点です。この場所には、牡蠣がたくさんついたホタテ貝が海に沈んでいます。

 

湖の南側で付着させた赤ちゃん牡蠣を、7月頃にこの競艇場付近へ移し、成長を促します。そして10月には、さらに栄養豊富な北側の三ヶ日付近へ。手間を惜しまず最適な環境を求めて移動させることで、身は大きく、味は濃厚に。あの力強いぷりぷりとした食感が育まれていくのです。

 

作業場に戻ると、長谷川さんが「これ、珍しいでしょ」と壁の大漁旗を指さしました。

描かれているのは、マグロではなく「牡蠣」。自分たちの仕事にぴったりの図案を夫婦で見つけ、2024年から掲げ始めた自慢の旗です。

 

この旗に見守られながら、手間ひまかけて育った「プリ丸」が、3月末まで丁寧に剥き上げられていきます。

 

作業場を後にし、向かったのは湖のほとりに立つ「海湖館(かいこかん)」。冬の間、ここは「プリ丸」を堪能できる「牡蠣小屋」へと姿を変えます。

 

建物は浜名湖の目の前に建っているので、会場となる2階の窓からはヤシの木の間から広く浜名湖を望め、リゾート感たっぷりです。

 

一番のおすすめは、やはり「焼き牡蠣」。注文すると、専用の焼き台で、スタッフさんが慣れた手つきで焼き上げてくれます。

 

なにより驚くのは、その身の大きさ。通常、牡蠣は加熱すると縮んでしまいますが、「プリ丸」は殻いっぱいに身を保ったまま。「加熱専用」牡蠣として、生食用処理をしていない代わりに、濃厚な旨味と水分を限界まで閉じ込めているのです。

 

焼き上がったばかりの牡蠣は、まず何もつけずに、そのままつるっと召し上がれ。口いっぱいに、濃厚な牡蠣のエキスと上品な潮の香りが広がり、思わず顔がほころびます。

 

自慢の焼き牡蠣に加え、浜名湖の旬をまるごと楽しめるのが「まる得セット」です。

 

お膳には、フライや天ぷら、みぞれ和えなど、さまざまな調理法で仕上げられた牡蠣料理がずらり。「かきご飯」や「かきの味噌煮」もついて、まさに牡蠣三昧。さらに、遠州灘育ちの「生しらす・釜揚げしらす」や、浜名湖産「伸東(しんとう)ヒラメ」のお刺身まで並ぶ豪華なセットです。

 

人気メニューは、体の芯から温まる「かきの味噌鍋」です。

 

主役は、ごろっと贅沢に入った5つの「プリ丸」。お野菜もたっぷり入っていて、大満足のボリュームです。コク深い味噌が牡蠣の旨みを包み込み、そのおいしさは格別です。

 

お酒のおつまみにもぴったりなのが「かきのバター焼き」。芳醇なバターがぷりぷりの身に絡み、噛むほどにクリーミーな味わいが広がります。焼き牡蠣とはまた一味違う、洋風でリッチな余韻に浸れます。

 

「プリ丸」は全国シェアわずか0.3%ほどの貴重な牡蠣です。そのため、そのほとんどが地元で消費され、県外へ出ることはまずありません。牡蠣好きな方は、ぜひ新居地区に足を運び、幻の名物グルメを楽しんでみてください。

 

#湖西市