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伊豆

地域と命をつなぐ。伊豆市で磨かれる、“食べたいジビエ”イズシカの取り組み

公開日:2026.02.09

特集

近年、ジビエが大きな注目を集めています。ジビエとは、イノシシやシカ、キジやカモといった狩猟等によって捕獲された野生の鳥獣の肉のことです。

自然の中で育った動物ならではの濃厚で滋味あふれる味わいや、高タンパク低カロリーで栄養豊富なことが人気の理由となっています。

 

農林水産省がジビエの利用拡大を推進していることもあり、全国各地で地域の特色を生かしたジビエ料理が提供されるようになっていますが、静岡県内でもジビエを活用するためのさまざまな取り組みが始まっています。

その1つが、伊豆半島中央部に位置する伊豆市で提供されている「イズシカ」です。

 

イズシカは、伊豆市食肉加工センターにあるイズシカ問屋で加工されたシカ肉のこと。イズシカ問屋では、このイズシカの生産を一手に担っています。

 

「イズシカ問屋は、伊豆市が運営している公設・公営の食肉加工施設です。現在、伊豆半島全体には、伊豆市の人口よりも多い250003万頭のシカが生息していると言われています。

 

過去にメスジカの狩猟が禁止されていたことや、狩猟者が減少していったことで、ニホンジカの生息数が大きく増加し、それに伴って農作物の被害も拡大、その額は1億円以上にまで達しました。また、シカが森の木の芽や樹皮、下草まで食べてしまうことで、木々が枯れたり、土壌が流出したりして、山の環境が悪化してきました。

 

そこで、2008年に猟友会などと協力して伊豆市有害鳥獣捕獲隊を結成、捕獲者と行政で連携し、シカやイノシシの捕獲を行ってきました。

 

しかし、捕獲後のシカ・イノシシは捕獲者自身が食べるほかは、捕獲場所に埋設処分されることがほとんどでした。捕獲者にとって山中に穴を掘る作業は大きな負担ですし、シカやイノシシからいただいた命を捨ててしまうのはいかがなものか。

 

イズシカ問屋は、捕獲者の負担を軽減し捕獲意欲の向上につなげること、そして、いただいた命に食という形で感謝を伝えるという目的のもと、2011年に運営が開始されました」

 

 

そう話すのは、伊豆市産業部農林水産課主事の渡邉龍貴さん。

 

イズシカ問屋で処理されるシカは年間約900頭。地元の猟友会か伊豆市有害鳥獣捕獲隊に所属している方が登録されており、捕獲したシカやイノシシを運び込みます。捕獲方法はワイヤーで足をくくって捕まえる「くくり罠」が主流です。

 

取材した日は9頭のシカが搬入されていましたが、時期によって差があり、平均134頭が搬入されるそうです。

 

30kg以上のシカを重量に応じた価格で買い取っています。捕獲後、血抜きをして2時間以内の個体を搬入していただいていますが、血抜きの方法によって味が大きく変わるため、全員に血抜きや衛生管理に関する研修会を受講していただいています」(渡邉さん)

 

イズシカ問屋に運び込まれたシカは、皮を剥いで内臓を取り出され、皮はレザークラフトの業者に販売し、内臓はペットフードの原料にするなど、余すことなく利用されます。

 

臭いが強くて固いというイメージのあるシカ肉ですが、イズシカ問屋ではそれを払拭するための独自の工夫がほどこされています。最大の特徴が熟成です。

イズシカ問屋には熟成庫が設置されており、2℃に設定された庫内で710日間熟成を行います。その間に余計な水分が抜けて臭みが軽減されます。

また、骨の中にあるアミノ酸が肉に浸みわたり、旨味が増すと同時に肉質も柔らかくなるのです。

 

熟成が終わったシカ肉は、部位ごとに切り分けられ、人の手で精肉へと加工されます。

シカ肉は細かなスジが多いため、食べやすいように丁寧に取り除きます。

モモ肉はやや固めの肉質で味は淡白、ロースは柔らかく旨味が強いのが特徴で、それぞれ適した調理法によって持ち味が引き出されます。

 

切り分けられたシカ肉は、真空下で瞬間冷凍することで、新鮮で美味しい状態をキープ。

地元の精肉店などに出荷されます。

 

「農林水産省は、安心・安全なジビエを提供することを目的に、衛生管理基準等を定めた国産ジビエ認証制度を制定しています。イズシカ問屋はその認証を取得していますが、現在、全国に600以上あるジビエ処理施設の中で、取得済の施設は18ヶ所しかありません。

 

また、トレーサビリティ(問題発生時の原因究明や迅速な回収対応、品質・安全性の証明につながる仕組み)も徹底しており、製品に付けたラベルの二次元コードを読み込むことで、いつ、どこで、誰が捕獲して、どのように加工されたシカ肉かが分かるようになっています。

 

2011年から始まったイズシカの取り組みですが、鳥獣による農産物被害額はこれまでに約1億円から約2千万円まで減少するなど、確実に効果が出ています。

 

最終的なゴールは、野生動物による食害が大幅に減少し、有害鳥獣としてシカを捕獲する必要が無くなり、イズシカ問屋という施設も必要が無くなることです。それまでは、自然から得られた命を大切にいただき、特産品として最大限に活用していきたいと思います」(渡邉さん)

 

 「地元の商工会議所が行政と連携して、イズシカの普及を推進する『イズシカファンクラブ』という組織を立ち上げました。

しかし、ちゃんと普及させるには、まずは地元の消費者に知ってもらわないといけない。そこで、店頭でイズシカを販売するようになりました」と店長の山本博之さん。

 

店内の冷蔵庫には、モモ肉やスネ肉、小間切れなど、イズシカの精肉が並んでいるほか、イズシカの生ハム、イズシカコンビーフ、イズシカソーセージといった加工品もずらり。

 

お惣菜コーナーには、イズシカのローストやコロッケ、竜田揚げなども。

 

「イズシカ問屋開業以前のシカ肉は、臭いが強くて固く、正直あまり美味しいとは言えませんでした。しかし、イズシカ問屋が熟成や処理方法を工夫したことで、臭みがなくて甘味のある、誰でも美味しく食べられる肉になりました。

 

初めは地元の人も買わなかったのですが、今では人気の商品になっています。イズシカは、“食べられる肉”から“食べたい肉”に変わったんです」

 

イズシカの厚切り肉はローストにするのに最適。カツレツにしても絶品です。骨付ロースは、バーベキューを楽しむ観光客に人気なのだとか。

 

「イズシカの美味しさを聞きつけて、他県から来店してくれる人も増えました。また、都内のレストランからの引き合いも多いです。これからもイズシカの販売を通して、伊豆市の交流人口をもっと増やしていきたいですね」(山本さん)

 

 伊豆市内には、イズシカを使ったメニューを提供しているレストランもあります。

それが、修善寺駅近くにあるイタリアン「The Crank(ザ クランク)」。サイクリスト御用達で、入り口に自転車を置けるサイクルラックが設置されており、中には希少な自転車が展示され、壁には有名選手のサインが書かれているなど、とてもユニークなお店です。

 

そんな「The Crank」の名物が、「伊豆鹿ボロネーゼ(1800円)」です。

 

「イズシカの美味しさを多くの人に知ってもらいたいと思い、幅広い年代で人気のボロネーゼに仕立てました」とオーナーシェフの岩田さん。

 

平打ちパスタのタリアテッレにはしっかりソースが絡んでおり、上にはイズシカのひき肉がたっぷり。散らされたチーズとパセリも相まって、見た目だけで食欲が刺激されます。

 

口へ運んでみると、モチモチのパスタと粗めのひき肉のゴロッとした食感が調和。ひき肉はしっかり噛みごたえがあり、シカ肉独特の風味と旨味が感じられ、マイルドな味わいで食べやすく実に美味です。

 

「脂質が少ない肉なので、淡白になりすぎないように生クリームを少し足しています。店を訪れるサイクリストの間では、高タンパク低カロリーなアスリート食としても人気です。リピーターも多く、当店のパスタの中で一番人気のメニューになっています」(岩田さん)

 

 

捕獲したシカの有効活用の取り組みとして生まれ、現在では地域に根ざした食材として、多くの人に親しまれているイズシカ。一度、味わってみれば、きっとその美味しさの虜になるはずです。

 

#伊豆市